3/28テレビ朝日「朝まで生テレビ」ではピケティブームを受けて、「貧困・格差・不平等」が取り上げられました。
森永卓郎氏、岸博幸氏、飯田泰之氏などの論客とともに、ホリエモンこと堀江貴文氏が出演。
青年会議所を始め、企業の講演会などにも出演されているようですね。
番組でも随所でホリエモン節を炸裂させていました
ホリエモン 朝生

その中で堀江氏は、そもそも「格差」自体は何の問題もないと主張します。
むしろ全体の1%の富裕層に富が集まることは大歓迎で、賢いファンド等がしかるべき投資を行うことで可能になる事業が沢山あり、それによって社会が発展していくことが多いのだと見ています(富が愚かな政治家や官僚に集まってしまえば、ろくでもないことに使われる)。
さらに、そうして技術が発展すれば、衣食住の面で、金はなくても便利な暮らしを享受できるような社会になっていくとのこと。

そこから司会の田原総一朗氏は、問題は格差なのではなく、貧困層の増大だと指摘。
そして議論は、正規/非正規雇用の問題、一人親世帯の貧困率(平均年収の半分以下の率)の高さ、貧困世帯の子供の問題に話が及びます。

有名大学への進学率が親の年収により左右されるという「不平等」を指摘する声に対し、堀江貴文氏は、今では無償化により高校まではある程度の負担で進学できることを踏まえつつ、学ぶのにも、わざわざ高い授業料の大学になんかいく必要はないと言い切ります。
ただし、子どもは社会で育ててあげる必要があり、その教育機会を増やしてあげる必要がある以上、ネットなどを通じて、グローバル化・多様化にも対応しうる「知」に自分でアクセスできるような教育を中学までにしてあげるべきだと

年収が低いから、非正規雇用だから結婚できないというのは単にプライドの問題。
家がなくても、結婚できなくても、生きていける。稼げる稼げないは、工夫次第。
金のない奴が富を得るには「r」(株式等の資本による収益)に張るしかなく、そのための資金を得るにはベンチャーしかない。大企業になんか行かずに、ベンチャーに行けばいい。

このように番組を通じてあふれる堀江貴文氏の考えの根底にあるのは、必要最低限の暮らしでも十分に生きていけるという覚悟にも似た達観と、競争社会にあっては良くも悪くも己の才覚一つによっていかようにも道は決められるというネオ・リベラルな自己責任の原理のように思えます。。。


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