参議院選挙で勝利をおさめ「アベノミクス推進の信任を得た」安部政権。7/28-29に予定されている金融政策決定会合で追加緩和に踏み切るとの見方が高まっています。
そんな中、にわかに飛び交いはじめた「ヘリコプターマネー」という金融用語。
「ヘリマネ」なんて略されてますが、今回はその意味と、目的や効果、デメリット(危険性)について解説したいと思います。


まず、この「ヘリコプターマネー」という用語を提唱したのは、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンです。彼は景気対策において貨幣供給量と中央銀行の役割を重視するマネタリズムを唱え、新自由主義の中心的な人物としてノーベル経済学賞も受賞しています。
そして、先日、その直弟子にあたり、「ヘリコプター・ベン」との異名をとるFRB(=アメリカの中央銀行を統括する連邦準備制度理事会)前議長のベン・バーナンキ氏が来日して安倍首相と会談したため、俄かに騒がれ始めているのです。
バーナンキ 安倍

世間を騒がせている「ヘリコプターマネー」が指すところの意味ですが、端的に言えば、政府の発行する国債を日銀に無利子・無期限・無制限で買い取らせるという政策です。
従来の「金融緩和」では、金融機関が保有している国債を中央銀行(日銀)が大量に買い取ることで金融機関の保有残高を増やし、市場に資金を注入してきました。もちろん、現状でも日銀が国債を保有している限りにおいては政府が返済する必要ありません。しかし、日銀が国債を金融機関に再び売ってしまうと、その国債には利子と償還が必要なため、政府にはそれ相応の負担が生じます。そこで、日銀が買い切ってどこにも売らない国債(無利子・無期限なら民間が引き受ける理由もないので・・・)を政府が発行して、借金にならない=返済の必要のない形で資金を得ようという目論見なのです。

なぜ従来の「金融緩和」では駄目なのかというと、いくら金融機関を通じて市場にお金が出回ってもその使い道をうまくコントロールできない(6割は貯蓄や内部留保に回って消費に向かわない)ため、政府が直接その使い道を決めてしまえる(例えば公共投資や、それこそヘリコプターから家計へ直接バラ撒くように給付金や商品券・引換券を交付するための)資金を得ることが必要なのです。

ただし、こうした「債務の貨幣化」(財政ファイナンス)によって政府の財政規律が失われると、独立性を失った中央銀行の貨幣発行にコントロールが利かなくなり、ハイパーインフレに陥る恐れがあるため、通常時は行われません。
しかし、マイナス金利も空振りでいよいよ打つ手なしとなった日銀・黒田総裁は、先進国でいまだ例のないこの禁じ手を「いよいよ、やっちゃうんじゃない?」と世界をドキドキさせているのです。

歴史を紐解けば、日本では1929年の世界恐慌を受けて1931年に、麻生財相もそのリフレ政策を学んでいるという蔵相・高橋是清(犬養毅内閣)がまさに「ヘリコプターマネー」と言える政策を行っています。
高橋是清は国債を日銀に直接引き受けさせた資金で財政拡張を行って政府支出(軍事費)を増額するとともに、金輸出再禁止と金本位制からの離脱等によって見事デフレからの脱却を果たし、世界に先駆けて景気を回復させました。
しかし、インフレの危険が高まったことで再び軍事費縮小に動いたところ、軍部の反感を買い、かの有名な「2.26事件」で命を落とすことになってしまったのです。そして、戦後のハイパーインフレについては周知のところですね・・・。

また、第一次大戦に敗れたドイツでも、膨大な賠償金の支払いと戦後復興のために国債を大量に発行し、中央銀行(ライヒスバンク)に直接買い取らせました。
そのためドイツの紙幣価値は大幅に下落し、ハイパーインフレに見舞われたのです。
その混乱は1923年からライヒスバンク総裁に就任したヒャルマル・シャハトによる新貨幣(レンテンマルク)の発行によって奇跡的に収拾されましたが、ナチス政権下では軍事費捻出のためやはり中央銀行が独立性を失い、同じく戦後のハイパーインフレの温床となってしまいました。

ちなみに、EUでは今年の3月にECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁がヘリコプターマネーについて「構想はしていないが興味深い」と発言し、上記のように苦々しい過去を持つドイツから猛反発を浴びています。

こうしたリスクもあり、ドイツをはじめとした主要先進国はもちろん、日本でも財政法第5条によって、国債は市中で消化しなければならないと規定されており(「市中消化の原則」)、中央銀行による直接の引き受け=財政ファイナンスが原則禁止されています。そのため、当然ながら、やるからには超法規的な措置としての手続きが必要になります。
しかし、黒田総裁の行っている金融緩和は、「年2%の物価上昇」という限定された目標を掲げているとはいえ、実質的に無利息・無期限の国債を日銀が大量に保有していることにほかならず(2016年7月時点で382兆円も保有)、すでにヘリコプターマネー状態であると、その危険性がかねてより指摘されています。

さて、参院選の勝利によってアベノミクスのアクセルをさらに踏み込むという安倍首相のもと、日銀・黒田総裁はどのような手を打つのでしょう。
マイナス金利導入によって三菱東京UFJ銀行が国債特別資格を返上したように(資格保有者は国債発行予定額4%以上の応札が義務付けられているのです)、銀行の収益を圧迫するマイナス金利政策の拡大はすでに困難と見られています。
仮にヘリコプターマネーによって商品券をバラ撒いたところで、そもそも現在のデフレが需要不足に起因している以上、根本的な解決にはならないでしょう。
ちなみに講演会でも人気の経済評論家・三橋貴明氏は、こうした直接のバラ撒きよりも「地方債の購入」が有効であると提言しています。また、建設国債を発行して公共投資などのインフラ整備(リニア・新幹線や港湾の整備)や財政投融資(JR東海のような企業への融資)の拡充によって長期的な需要を創出することや、医療・介護・保育・教育等へ継続的な財政出動を行うことが必要だと説いていました。。。


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