年間聴講100件超! 講演会マニアが経済の明日を占うブログ

1年間に100件超もの経済に関する講演を聴講している講演会マニアが、見聞きした講師の話を通じて日本経済の展望を語るブログです。

タグ:資本主義の終焉と歴史の危機

前回に引き続き、今回も水野和夫氏『資本主義の終焉と歴史の危機』の内容をご紹介。
同書には講演会でも人気の名だたる講師から多くの賛辞を寄せられています。

佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)「21世紀の資本主義が全般的危機に直面している現実を解明した好著。分かりやすく、役に立つ。」
・内田樹氏(神戸女学院大学名誉教授)「資本主義の終わりをどうソフトランディングさせるかの大変クールな分析。グローバル資本主義と民主制の食い合わせが悪いという指摘にも深く納得。」
田原総一朗氏(ジャーナリスト)「『資本主義の終焉』をなんとしても否定したいのだが、本書には憎らしいほどの説得力がある。」
・養老孟司氏(東京大学名誉教授)「素人の私が読んでも面白い経済の本。読むなら、こういう本がいいなあ。」
・橋本直樹氏(鹿児島大学経済情報学科教授)「なりは新書で小さいが、ピケティの大著に匹敵する内容を持つ骨太な資本主義論。秀逸。」

やはり、ピケティとリンクさせる識者も多いようですね。
水野和夫 講演

水野氏は同書の中で、クリントン政権時のローレンス・サマーズ財務長官による「三年に一度バブルは生成し、崩壊する」という言葉を度々引用しています。
リーマン・ショックは、もはや地理的・物的空間で成長できなくなった先進国が、電子・金融空間で高レバレッジ(FXのように証拠金の数倍~数100倍規模の金額で運用可能な取引)や欠陥金融派生商品による無理な膨張を続けた結果、それが破裂しておきました。

そして、グローバリゼーションが加速したことにより、いつしか雇用者と資本家が切り離され、資本家だけに利益が集中していきます。
そもそもグローバリゼーションとは、帝国システム(政治的側面)・資本主義システム(経済的システム)における「中心」と「周辺」の組み換え作業 なのですが、かつての「中心」は北の先進国であり、「周辺」は南の途上国でした。
それが21世紀になると、「中心」はウォール街となり、「周辺」は自国の サブプライム層になったのです。

かくして、その後のアメリカでは、バブルの生成過程で富が上位1%の人に集中し、バブル崩壊の過程で国家が公的資金を注入し、巨大金融機関が救済される一方で、負担はバブル崩壊でリストラにあうなどのかたちで中間層に向けられ、彼らが貧困層に転落することになります
バーナンキFRB議長による量的緩和政策も、中間層を置き去りにして、富裕層のみを豊かにするバブルを醸成するものに他なりません。

さらに、民主主義は価値観を同じくする中間層の存在があってはじめて機能するのであり、資本に国家が従属するような「粗暴な」資本主義下において、多くの人の所得が減少する中間層の没落は、民主主義の基盤を破壊するものであると水野氏は警鐘を鳴らしています。

「『雇用なき経済成長』でしか資本主義を維持できなくなった現在、経済成長を目的とする経済政策は、危機の濃度をさらに高めることにしか寄与しないでしょう。その格好の事例を今まさに現在進行形で展開しているアベノミクスに見て取ることができます」

水野氏は、量的緩和によって貨幣が増加しても金融・資本市場で吸収されて実物経済に反映されることはなく、資産バブルを加速させるだけで、バブルが崩壊すれば巨大な信用収縮が起こり、そのしわ寄せが雇用に集中すると指摘。
アベノミクス第一の矢・金融緩和によるデフレ脱却はできないと見ています

一方、第二の矢である積極的な財政出動についても、経済が需要の飽和点に達している以上、無意味であると批判しています。
さらに、公共投資を増やす積極財政政策は、過剰設備を維持する固定資本消耗を一層膨らませて賃金を圧迫し、雇用なき経済成長の元凶になってしまいます。

現在の日本は、インフレ目標政策(第一の矢)や公共投資(第二の矢)、法人税減税や規制緩和(第三の矢)を総動員して何とか「成長」という近代システムを維持・強化しようとやっきですが、その過程で雇用が資本の犠牲となり、中間層の没落が始まっているのです。

「成長を求めるほど危機を呼び寄せてしまう現在、私たちは、近代そのものを見直して、脱成長システム、ポスト近代システムを見据えなければなりません」

かくして水野氏の論は、近代を支える「成長」というイデオロギーからの脱却=「脱成長」へと向けられるのですが、その詳細はまた次回にお伝え致しますね。
Coming Soon...

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■関連記事:【5分で読める】トマ・ピケティ『21世紀の資本』(要約)

講演依頼サイトのブログに、水野和夫氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』が紹介されていました。
30万部を超えるベストセラーとなっている同書は「資本主義の死期が近づいているのではないか」との書き出して始まり、これまで紹介してきたピケティとはまた別の角度から、中間層が没落する形での格差拡大に警鐘を鳴らしています。
水野和夫 講演依頼
資本主義とは、「中心」と「周辺」から構成され、「中心」がフロンティアを拡大することにより、「周辺」から富を収奪して利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムだと、水野氏は言います。そして、地球上からその「周辺」がなくなり、「地理的・物的空間(実物投資空間)」における市場拡大が最終局面を迎えつつある今、「電子・金融空間」においても、「1億分の1秒単位で投資しなければ利潤を上げられない」段階に達しています。
「さらにもっと重要な点は、中間層が資本主義を支持する理由がなくなってきていること」とする同書について、これから3回に分けて、その主張を要約していきたいと思います。

水野氏は資本主義の死の兆候を、「利子率」の異様な動きに看取しています。
かつてもっとも国債利回りが低かったのは17世紀初頭のイタリア・ジェノヴァで、金利2%を下回る時代が11年間続きました。
それはスペインが南米で掘り出した銀が取引先であるイタリアの銀行に集中していたためで、ジェノヴァでは、マネーは溢れているものの利潤を生み出せる新たな投資先が見つからない状態に陥っていたのです。
利子率=利潤率が2%を下回れば資本側が得られるものは皆無に等しく、そうした超低金利が10年を超えて続くと、既存の経済・社会システムは維持できないと水野氏は言います
そして今、日本の10年国債利回りは、400年ぶりにそのジェノヴァの記録を更新し、2%以下という超低金利が20年近く続いています。

「なぜ、利子率の低下がそれほどまでに重大事件なのかと言えば、金利はすなわち、資本利潤率とほぼ同じだと言えるからです。資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質なのですから、利潤率が極端に低いということは、すでに資本主義が資本主義として機能していないという兆候です」

水野氏は、こうした資本主義の終焉が、1970年代前半に始まったと指摘します。
1975年のヴェトナム戦争にアメリカが勝てなかったことは、「地理的・物理的空間」を拡大することができなくなったことを象徴する出来事となり、1973・79年のオイルショックによって、先進国がエネルギーや食糧などの資源を安く買い叩くことが不可能に成りました。
こうして1970年代半ば以降、先進国では投入コストが上昇して粗利益が圧迫され、「利潤率=利子率」の趨勢的な下落が始まったのです。

「地理的・物理的空間」での利潤低下に直面したアメリカは、「電子・金融空間」に利潤のチャンスを見出し、ITと金融自由化を結合させる「金融帝国」化の道をたどります。
1984年まではアメリカ全産業利益における金融業の占めるシェアは9.6%であったのに対し、1985年以降は上昇基調に転じ、2002年には実に30.9%にまで達しています。

「しかし、アメリカの金融帝国化は、決して中間層を豊かにすることなく、むしろ格差拡大を推し進めてきました。この金融市場の拡大を後押ししたのが、新自由主義だったからです。新自由主義とは、政府よりも市場のほうが正しい資本配分ができるという市場原理主義の考え方であり(中略)、資本配分を市場に任せれば、労働分配率を下げ、資本側のリターンを増やしますから、富む者がより富み、貧しい者がより貧しくなっていくのは当然です。これはつまり、中間層のための成長を放棄することにほかなりません」

これはピケティが実証的に解き明かした格差拡大の流れともリンクするものですね。
こうした新自由主義的な方向性をアベノミクスが志向していることについて、水野和夫氏は厳しく糾弾しています。
その興味深い内容については、また次回にご報告させていただきますね


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